理論派ではなく感覚派で生きています

私って少数派なんだろうなって思うことを綴っています。

こんなん言ってたらなんにも言えんくなるやんって所にいきついた

仕事柄、お悩みを聞く機会がよくあります

昔は悩みを聞いては、一緒に悩み考え、答えを模索していました

 

例えば

「自分責めばかりしてしまう」という悩み

 

それはね、自己肯定感がきっと低いんでしょうね

自分で自分を認めてあげましょう

そして肯定感を高めていきましょう

 

みたいな事を言っていたと思う、昔は。

でも最近はちょっと変わってきて

 

てか、自分責めしたらあかんの?

自分責めを否定している限りループから抜けられないんじゃね?

 

という感じでして

 

自分責め?

しちゃうならそのまましちゃえしちゃえ~

ひたすら自分を責め続けた先に

ん?なんで私こんな自分を責めてんの?

って感情が待ってると思うから

ひらすら今の自分責めしたいって感情を味わえ~

いぇーい

 

という感じになりました

 

もちろん、責めずに生きる方が楽だし健全

責めるってエネルギーいるしね

もう自分で自分を降参してしまえーー

 

いや、ほんとね

自分責めることはバツって言ってる限り

よわってる時は責めちゃうと思うんだ

人間生きているといい時もあればよわい時もあるから

 

自分責めすらもええやんかって腑に落ちたら

きっとね

もう自分責めしてる自分を責めないよ

そしたらいつの間にか自分責めしてないよ

なんか言葉にするとむずかしいけど

これ伝わってるかなー

 

今回はひとつの例をあげたけど

もうなんだって同じだと思う

「え?それってあかんの?それでもいいやん?」って私言っちゃう

片方をマルにした途端に、もう片方にバツがついちゃう

で、そのバツは実はバツじゃなかったって気付いてさ

そこからどっちもマルにしたら?

もうそんなに悩まなくね?

そりゃ生きていると悩みたい時もあるだろうけど

それすらいいじゃんって言えたらさ

めっちゃいいよね

 

なので悩みを聞いても

「え?それでもいいじゃん」ってなってるから

もう私はなにも言えないよなーって話でした